ティーチングレター

傲慢に注意する

文:パトリック・バーベテン(BFPアメリカ CEO)

人は傲慢(ごうまん)に陥りやすいものです。
しかし、聖書は「高慢は破滅に先立ち、
高ぶった霊は挫折に先立つ
」(箴16:18)と教えます。
傲慢の解毒剤は、へりくだりと愛です。

Photo by 写真AC

その具体的な出来事については、何を言われたのか、誰が言ったのかさえ覚えていません。しかし、何を感じたのかは覚えています。

子どものころ、「どうして僕にこんなひどいことを言って、自分を偉く見せたいのだろう」と、遊び場で立ちすくんだ思い出があります。けなされ、傷つけられ、自分はだめだと感じさせられたあの痛みは忘れられません。相手は、自分が上に立ちたかったのです。

子どもたちは教えられもしないのにそうした行動を取ります。他人を踏み台にして上に立とうとする人間の傾向は、本能的に備わっているようです。誰かがもっと良い方法を示して行動を正さない限り、遊び場のいじめっ子の行動パターンは変わりません。傷を与える方法がより巧妙になっていくだけです。

傲慢の本質

同様の出来事を人生でよく目にします。職場では自分が目立つために同僚の評価を引き下げ、教会では信者たちが自らの伝統に対する優越感を得るために他の伝統を批判します。リーダーシップの現場では、自信のない人々が自分の地位を守るために周りの人々を中傷します。

インターネット上では、特にイスラエルに関する投稿に傲慢さが見られます。コメント欄は戦場と化し、反対意見というよりむしろ憎悪さえ感じるほどです。

Photo by Magnus Mueller/pexels.com

最も心が痛むのは、こうしたコメントの多くがイエスの御名を告白するクリスチャンによるものだということです。愛の人であるはずのクリスチャンが、侮辱と激しい非難を浴びせています。その言葉には、自分は正しくて他の人々は間違っていると信じて疑わない、冷淡な確信が見られます。

傲慢の本質は、他人をおとしめて自分が優位に立とうとする欲求なのです。

正しいおそれを持つ

子どもの遊び場に始まった行動パターンが、私たちの人間関係や地域社会、教会までも汚染しています。自分がけなされた傷と、自分も他人を傷つけたという恥を負い続けるのは痛ましいことです。私たちは神の似姿につくられ、愛するために召されたにもかかわらず、繰り返し傷つけ合っています。

最も心が痛むのは、この傲慢さが私たちの信仰と結び付き、優越感を感じるために神学が用いられる時です。これこそ使徒パウロが1世紀に目の当たりにし、警告したことです。

パウロは、ローマの異邦人信者の中に恐ろしい傲慢の芽が出始めていることを知りました。それは、自らの信仰の根源、すなわち神の契約の民であるユダヤ人を見下し、自らを高めようとする傲慢さです。パウロは彼らに「思い上がることなく、むしろ恐れなさい」(ロマ11:20)と、核心を突いた手紙を書き送りました。

ユダヤ人をおとしめることで自らを高めるのはやめましょう。自分がどこから来て、神があなたのために何をしてくださったかを忘れないでください。おそれましょう。不信仰のゆえに枝を取り除かれた神は、あなたにも同じことがおできになることを認め、賢明で敬虔な理解をしましょう。

パウロの警告は現代の私たちにまさに必要なものです。

傲慢に関する聖書的理解

ヘブライ語聖書は、傲慢について説得力のある言葉を用いました。最も重要な言葉は「ガオン」で、「わき上がる」「拡大する」「自身を高く上げること」を意味します。神の「尊厳」を表す語と同じ語源を持ちますが、人間が「尊厳」を主張すると、それは異様に映ります。

神はこう宣言されました。「主を恐れることは悪を憎むこと。わたしは高ぶりと、おごりと、悪の道と、ねじれごとを言う口を憎む」(箴8:13)。神は単に傲慢を非難するだけでなく、憎んでおられるのです。

別のヘブライ語は「ザドン」です。「横柄な傲慢」「権威に反抗して自らの地位を高めること」を意味します。私たちは「高ぶりがあると、ただ争いが生じるだけ。知恵は勧告を聞く者とともにある」(箴13:10)と戒められています。傲慢は共同体を築くどころか、壊すものです。

最も教訓的な箇所は繁栄について、モーセがイスラエルに警告した申命記8章11〜14節です。「気をつけなさい。……あなたの神、主を忘れることがないように。あなたが食べて満ち足り、立派な家を建てて住み、……あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れることがないように。主はあなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出し(た)」

ここで使われているヘブライ語は「ラム・レヴァヴェハ」(あなたの心が高ぶる)です。祝福を受け、名声を手に入れ、心が高ぶると、奴隷だったこと、救われたこと、すべてが恵みであったことを忘れてしまいます。これが傲慢の構造です。

ユダヤの賢人たちはこの危険性を理解していました。タルムード(ユダヤ人の慣習とヘブライ語聖書のラビ的注解書)は「傲慢な者は偶像崇拝者と見なされる」(ソター4b)と教えました。傲慢な人は、神だけがふさわしい位置に自分を置くからです。マイモニデスはこう記しています。「高慢は非常に悪い性質である……傲慢な者は信仰の根本原理を否定している」(ヒルホット・デオット2:3)

これがパウロの理解していたことです。傲慢は恵みを忘れ、私たちがどこから来たのか、誰が私たちを支えているのかを忘れることから始まるのだと――。

イエスが語る傲慢

イエスはたびたび傲慢について言及しました。特に「自分は正しいと確信していて、ほかの人々を見下している人たち」(ルカ18:9)には、たとえ話で語りました。

ルカの福音書18章では、パリサイ人と取税人のたとえ話を用いています。パリサイ人は、立ってこう祈りました。「神よ。私がほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦淫する者でないこと、あるいは、この取税人のようでないことを感謝します」(ルカ18:11)。一方、取税人は目を天に向けようともせず、胸をたたいて言いました。「神様、罪人の私をあわれんでください」(ルカ18:13

イエスの結論は衝撃的です。「あなたがたに言いますが、義と認められて家に帰ったのは、あのパリサイ人ではなく、この人です。だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです」(ルカ18:14

傲慢な人には見下す相手が必要です。パリサイ人は、自分と他人を比べることで正しさを主張しました。これがローマ人への手紙11章でパウロが戒めたことの本質です。

イエスはこの原則を繰り返し教え、「だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます」(マタ23:12)と言明しました。神の国の法則は、この世の法則や私たちの生来の性向とは正反対に働きます。

当時の異邦人信者は、自分が不信仰なユダヤ人のようではないことを神に感謝し、パリサイ人のようになる危険性がありました。彼らは、恵みのゆえに信仰によってオリーブの木に接ぎ木されたにもかかわらず、ユダヤ人よりも自分は勝っていると思い始めていたのです。

傲慢の解毒剤

Photo by Martin Pechy/pexels.com

傲慢が病気だとすれば、治療法はへりくだりです。聖書的なへりくだりは、自己嫌悪でも見せ掛けの謙遜でもなく、神の恵みの光の中で自分を正直に見つめることです。

パウロはこう続けます。「私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがた一人ひとりに言います。思うべき限度を超えて思い上がってはいけません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深く考えなさい」(ロマ12:3

ヤコブは次のように教えました。「神は高ぶる者には敵対し、へりくだった者には恵みを与える」(ヤコブ4:6)。ここの「敵対する」というギリシャ語は「戦陣を組んで自ら立ち向かうこと」を意味します。一方、神はへりくだる者には恵みを注がれます。

へりくだりとは何でしょうか。パウロの答えはこうです。「何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。それぞれ、自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい」(ピリ2:3〜4

ここでの焦点は「他の人」です。へりくだりは、自分の正しさを証明したり、自分を高く上げたりすることに執着しません。他者に目を向け、尊敬し、仕え、愛するのです。

パウロは愛について「自慢せず、高慢になりません」(Ⅰコリ13:4)と語りました。愛は傲慢に対する究極的な解毒剤です。

イスラエルについて言えば、敬意をもって語り、感謝をもって仕え、根が私たちを支えていることを決して忘れないことです。

より良い道を選ぶ

何年も前に遊び場での出来事を思い返していた時、当時は理解できなかったある事に気付きました。それは、私たちは行動を選択できるということです。他人をおとしめることで自分を高める必要はありません。

傲慢は霊的に危険な状態です。神だけがふさわしい場所に自らを置くことになるからです。

真理は、私たちは恵みのゆえに信仰によって立っているということだけです。私たちは、栽培された木に接ぎ木された野生の枝です。根が私たちを支えているのであって、私たちが根を支えているのではありません。イスラエルに対する神の賜物と召命は取り消されません(ロマ11:29)。イスラエルを退ける時、神の本性(ほんせい)を退けることになります。究極の解毒剤は、相手に敬意を払う愛です。

思い上がることなく、むしろ恐れなさい」というパウロの戒めは今も響いています。その戒めに心を留め、へりくだりを選び、私たちを支えている根を尊びましょう。すべては恵みであることを決して忘れませんように。

ページトップへ戻る

特定非営利活動法人
B.F.P.Japan (ブリッジス・フォー・ピース)

Tel 03-5969-9656(平日10時~17時)
Fax 03-5969-9657

B.F.P. Global
イスラエル
アメリカ合衆国
カナダ
イギリス&ヨーロッパ
南アフリカ共和国
日本
韓国
ニュージーランド
オーストラリア

Copyright 1996- © Bridges For Peace Japan. All Rights Reserved.