文:ピーター・ファスト(BFP 国際会長・CEO)
23年10月7日のハマスによる大規模テロから、3年が過ぎました。
人々は日常を取り戻そうと努める中で、喪失の痛みと闘っています。
今年3月、イランの弾道ミサイルがベイト・シェメシュを直撃し、シナゴーグなどを破壊しましたPhoto by Samuel Flanagan/bridgesforpeace.com
世界が停止したように思えたあの日から3年――。イスラエルは、かつての「日常」にもはや完全には戻れません。ハマス、ヒズボラ、フーシ派、その黒幕であるイランとの戦いは、3年に及びます。
サイレンが鳴り、シェルターに身を隠す日常の中で、人々は疲弊し、立ち止まって悲しみに浸る余裕もありませんでした。目の前の危機を生き延びるだけで精一杯だったのです。
今、そのサイレンの音が3年ぶりにやんでいます。
確かに、静寂は一時的な安堵をもたらしました。と同時に、厳しい現実を突き付け、心を揺さぶります。戦時下では生存本能が働き、喪失の重荷を少し和らげてくれました。しかし、その緩衝材が消えた今、イスラエルはようやく、この数年がもたらした大きな代償と現実を直視しようとしています。
経済学者の試算によると、多方面に及ぶ戦争の総負担額は約7千億シェケル(日本円で約36兆円)。政府の直接的な戦費支出は、1180億米ドル(日本円で約18兆円)を超えました。
23年10月7日以降、1600人以上のイスラエル人が命を奪われ、1万8千人以上が負傷。負傷者の多くは、長きにわたる心身のリハビリを余儀なくされています。
ガザ境界沿いやレバノン国境沿いにある80以上の地域は、住宅、農地、インフラに壊滅的な被害を受けました。避難者は一時最大14万人に及びました。
しかし、どんなに途方もない数字をもってしても、悲しみは伝わりません。それを伝えるのは一人ひとりのストーリーです。ここで、ある方をご紹介します。
自宅を失ったデイビッドさん
ベイト・シェメシュに住むデイビッドさんは毎晩、閉店間際のパン屋へと車を走らせていました。売れ残りのパンを困窮家庭に届けるためです。喜びにあふれるその姿は、周りの人々をも幸せにしていました。
BFP(ブリッジス・フォー・ピース)がベイト・シェメシュで食料配布をする際に統括してくれたのも、デイビッドさんです。支援を届ける家庭一つひとつの名前を心に刻み、30年以上もこの働きを続けてくださっています。
そして訪れた26年3月1日――。
イランとの40日戦争が勃発した週、イランの弾道ミサイルがデイビッドさんの自宅近くにあるシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)を直撃し、地下の公共シェルターを破壊。亡くなった方は9名、うち3名はまだ10代の兄妹でした。
爆発の衝撃は半径500mに及びました。吹き飛んだ窓ガラス、蝶つがいごと引きちぎられたドア、切断された配管、あらゆるものが粉々に砕け散った室内……。デイビッドさんと家族の命は助かったものの、自宅は全壊しました。
実は、デイビッドさんは最近、初期の認知症と診断されました。自宅の破壊は、このような症状を持つ方にとって、たましいが打ち砕かれるほどの衝撃です。
自宅を完全に修復するには約35万米ドル(日本円で約5500万円)が掛かります。イスラエル政府が一部を負担するとはいえ、まだ多額の資金が足りません。その不足分を、世界中のクリスチャンたちで補うことができたらどんなに素晴らしいでしょう。
デイビッドさんは30年間、頼る当てのない人々に寄り添い続けてきました。今度は私たちが彼に寄り添いたいと願っています。
色あせない約束
23年10月7日、テロ発生からわずか数時間後に掛けられた言葉を、私は決して忘れないでしょう。人道支援物資を届けるため、私たちBFPチームは戦火をくぐり抜け、ガザ境界沿いで最も甚大な被害を受けた地域へ向かいました。
最初の目的地は、人口3万3千人余りののどかな農業の町、オファキム。すべての店、学校、家、オフィスが固く閉ざされた光景は、現実とは思えませんでした。窓のブラインドは下ろされ、歩行者の姿も車の往来もありません。ただ、言葉にできない悲しみが町全体を覆っていました。
その町でBFPとの連絡役を務めてくださっているのが、ガビさんです。私たちはガビさんの自宅前に車を停め、避難者用の食料125袋を庭先に積み上げました。その後、ガビさんは台所へと私たちを案内すると、頑丈な大理石のテーブルを指さしました。「わが家には防空シェルターが無いので、ロケット弾が落ちてきた時、妻と一緒にこの下に身を寄せ合いました」
10月7日の朝、テーブルの下に隠れる二人の耳に銃声が聞こえてきました。ガビさんは救助のため外へ飛び出したものの、目の前の光景に凍りつき、恐怖で身がすくみました。ハマスのテロリストたちが整然と隊列を組み、通りを挟んだ向かい側の公園ベンチに座っていた夫婦を射殺したのです。彼らはガビさんの友人で、毎朝そのベンチに座っていました。
私たちが自宅を後にしようとすると、ガビさんはこぶしを胸に当て、こう口にしました。
「皆さんが助けに来てくれたことには、二つの意味があります。一つは『身体』への支援。こんな時でも人は食べなくちゃいけないから。でも、それだけじゃない。『心』への支援でもあるのです」
その声は震え、深いしわが刻まれた頬を涙がこぼれ落ちました。「これは、私たちが一人じゃないことを示してくれるものです」
決して一人ではない
3年前の出来事が、まるで何十年も前のように感じられます。サイレンが鳴りやんだとはいえ、苦難が終わったわけではありません。むしろ、助けを必要とする人々の姿がより鮮明に見えてきました。
神はご自身の民に次のように約束されています。「彼らは昔の廃墟を建て直し、かつての荒れ跡を復興し、廃墟の町々、代々の荒れ跡を一新する」(イザ61:4)。神は、一軒一軒の家、一つ一つの家族を再建しようとしておられ、私たちがこの約束の実現に加わるようにと招いてくださっています。
デイビッドさんを始め何百という家々が再建を待ち望んでいます。ぜひ、その回復を共に担っていただけないでしょうか。 BFPの「危機基金」へのご支援は、ガビさんが確信する次の真実をイスラエルに伝えることになります。


















